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ちょっとお出掛け ドライブ

【北海道ドライブ】レンタカーで道東へ*蝋人形がリアルな博物館 網走監獄【Hokkaido Abashiri Prison Museum】

2018/07/15

2018’6月25~27日
2泊3日で道東方面をドライブしてきました。
長距離ドライブになるので燃費の事を考え、レンタカーを借りる事にしたダンナさん。

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ニッポンレンタカー:日産 ノート Eパワー

ハイブリッドで駆動はモーター、エンジンは充電。
エコモードで回生ブレーキが特徴とな。

エンジンブレーキの代わりにモーターを使って減速するので
回生ブレーキが働きバッテリーを充電することにより燃費が良くなるんだとか。

アクセルを離すと回生ブレーキが利き、ブレーキを踏まなくても
ブレーキランプが付く仕組みの様です。

「加速はウルトラスムーズ!パワー不足は感じられない!」
とダンナさんは凄く気に入っていました。

で、私の方は普段のエンジンブレーキきかせてからのブレーキを踏む感覚がぬけなく
この車だと停止線のだいぶ手前で止まってしまうのよ・・どうも慣れません💧

しかも私、マニュアルしか運転していなく
オートマの運転自体が苦手なんですけどー(-"-;)

てなわけで、道東に向けてドライブが始まったのでした。

この色、観光地で「れ or わ」ナンバーばかりの中では探しやすいです(笑)

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「ゴールデンカムイ」の舞台になった網走監獄(博物館)へ

札幌~博物館 網走監獄へ🚘

札幌→江別を通って(275号線)12号線→旭川→40号線→
比布北ジャンクション(旭川紋別自動車道:無料)に乗る。
白滝パーキングエリア(道の駅)で休憩した後、遠軽、北見方面(333号線)→39号線
39号線→美幌、女満別経由で網走へ。

網走刑務所の歴史

明治維新後の日本は内乱、政治犯が続出したため、監獄は過剰拘禁になっていた。
同時に富国強兵を掲げ西洋列強と肩を並べる為やロシアによる脅威を防ぐために
蝦夷地(北海道)の開拓が必要であった。
そこで明治14年に監獄則の改正を行い、懲役刑12年以上の者を拘禁する集治監を
北海道に設置し、囚人を労働力として使役させ北海道の防衛と開拓をすすめる政策を執った。

その後、1983年(昭和58年)に網走刑務所の全面改築工事に伴い、
旧刑務所の教誨堂、獄舎などを移築復原した博物館網走監獄を開館した。

Wikipediaより引用

鏡橋

水面は鏡。
「流れる清流を鏡として、我が身を見つめ自ら襟を正す」と言う意味が橋に込められている。

正門

大正13年に建築。昭和58年に再現。全長 23.22m

通称「赤レンガ門」と呼ばれる正門の煉瓦は窯の中に塩を入れ
塩が分解する1160℃以上の高温で焼き上げられる為、
独特な黒褐色の色をしていて、大きさは普通の煉瓦より20~30%小さいのが特徴。
現在はこの様な作り方ができないため、
ここに復元したものは煉瓦建築の歴史の中でも重要。

旧網走監獄 庁舎(重要文化財)

明治45年に建築。 昭和63年に移築。 面積 500m²

刑務所管理部門の主軸となる建物。
最高責任者の典獄室、会議室、総務室、戒護課、
用度課、教育課、作業課の各課に区切られていた。

水色とグレーの外観庁舎に電気が灯ると網走の人々から
「最果ての不夜城」と呼ばれていた。

現在は囚徒が切り開いた北海道開拓の歴史と重要文化財を紹介した
展示コーナーになっている。

裏門(登録有形文化財)

大正13年に建築。 平成7年に移築。 全長:12m

通称「通用門」と呼ばれた裏門は赤煉瓦門塀製作開始の大正8年に一番最初に着工した門。
その後、5年かけて受刑者が煉瓦を積み上げ、
大正13年に延長1080mの赤煉瓦を完成させた。

受刑者が塀の外の作業場に出かける時に通るのがこの門であり、
厳つい正門と違って、この門をくぐり抜けると、構外に出られるという
受刑者にとって解放感を味わえる門だった。

刑務所水門

大正13年に建築。 平成14年に再現。 全長:24m

網走刑務所の前方に網走川が流れており、この川を利用して
生活物資を運び入れたり、農場へ肥料を運ぶなど貴重な水路として利用していた。

味噌・醤油蔵

明治25年建築。 昭和58年に再現。 面積:43m²

農園刑務所として自給自足を目指していた網走刑務所は
明治25年に30坪の味噌、醤油工場を建て、
味噌や醤油などの調味料を製造していた。

この蔵に展示してある大きな樽は五十石という樽で約9000ℓ
(1升瓶、約5000本)もの醤油が入る巨大なもの。

釧路地方裁判所/網走支部法廷復原棟

昭和27年建築。 平成5年移築。 面積:1,142.82m²

この建物の外観は明治33年から昭和27年まで使われていた
旧網走刑務所の外観を再現しているが、
内部の移築物は昭和27年から平成3年まで使用されていたものを配置し
部屋の広さ高さを元通りに復元し、椅子、照明器具、カーテン等は
実際に使用されていたものを展示。

法廷は全国6番目に古く、法廷のシャンデリアは法曹界の象徴である
「人を公平に裁く」を意味する天秤をイメージしている。

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休泊所

明治24年建築。 昭和58年再現 全長:12m²

受刑者が塀の外に出て日帰りできない作業をする場合に、
この仮小屋で寝泊まりしていた。
札幌と網走を結ぶ中央道路の開削にあたり、明治24年4月から11月の8か月間に
1000人以上の受刑者が投入され、工事の進行に伴い、次々と休泊所を建てては
移動していたので、「動く監獄」と呼ばれるようになった。
後にこれらの休泊所の様式が開拓時代の工事現場に取り入れられ
タコ部屋と呼ばれていた。

起床の合図は枕の丸太を叩いて。
「叩き起こす」の語源はここからきているようです。

監獄歴史館

受刑者体験ができたりします。

旧網走監獄 二見ケ岡刑務支所(重要文化財)

明治29年に建築。 平成11年に再現。 面積:1,933m²

自給自足の先導的な建物として建てられ、
開放的な処遇施設なので監視もゆるやか。
囚人の日常を垣間見れる。

(上)正月特別献立
12月31日の夕食メニューを忠実に再現。
年越しの日は特別な副食費が加算されるので
一般家庭とおなじように新年を迎えるにあたり
お節料理が配食される。

(下)突き飯器
明治44年より、1回の主食を1等(3合)から10等(1.2合)の等級制とし
突き飯器が使用されるようになった。
展示されているものは実際に使用されていたものです。

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旧網走監獄 舎房及び中央見張所(重要文化財)

出典:博物館 網走監獄

明治45年に建築。 昭和60年に移築。 面積:3,333.72m²

木造平屋建で中央に見張所を置き、中心から放射状に建つ五つの舎房からなり、
間を渡り廊下で接続しているために五翼放射状房と呼ばれている。

この舎房は木造行刑建築物としては世界最古で最大の規模を誇る。

この中央から5棟の舎房が放射状に広がっています。

高い天窓からそそぐ光が印象的。

八角形の哨舎を置き、各舎房の渡り廊下を見通せるようになっている。

煉瓦造り独居房(登録有形文化財)

明治45年に建築。 平成3年に移築。 面積:10m²

窓が無く、一切光が入らない真っ暗闇の独房。
規則違反をした人が入れられ、受刑者が最も恐れてた場所。

旧網走監獄 教誨堂(重要文化財)

明治45年に建築。 昭和56年に移築。 面積:404.87m²

外観は和風、内部は洋風と和洋折衷の建物。
教誨事業が行われた講堂で、精神的、倫理的、宗教的な教科指導をし
僧侶や牧師さんが受刑者に人の道を説き、更生へと導く場所。

~博物館 網走監獄の資料、パンフレットより~

他、監獄食堂では現在の網走刑務所の受刑者に出されている
メニューを再現した監獄食が食べられたり、(ヘルシーで来館者に好評だとか!?)
ミュージアムショップではゴールデンカムイの関連商品、お菓子等、オリジナルグッズ、
網走刑務所の収容者が作ったもの等が販売されています。


何度か道東は車で廻っているのですが、網走監獄の博物館は初めて訪れたのでした(・・*)ゞ
こんなに蝋人形たちが居ると思わなかった~。
特に休泊所の人形がとてもリアルでした(*_*)

可愛い蜂を見て和んだところで、次の小清水の原生花園へGo~♪

営業時間・料金

開館

年中無休
5月~9月 8:30~18:00
10月~4月 9:00~17:00

入館料金

大人          1080円
高校、大学生      750円
小、中学生       540円
団体割引  20名以上 2割引き
福祉料金       540円
網走市民割引     2割引き
インターネット割引  10%off
併用不可

2018'6月現在

博物館網走監獄
住所:〒 099-2421 北海道網走市字呼人1-1
電話:0152-45-2411
FAX:0152-45-2338



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