Kalmia*歳時記

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ダイビングの事故&その後 不思議な話 色~んな話

体験ダイビング事故で亡くなった友達Rの話

2018/11/21

友達Rとの出会い

体験ダイビングの事故で亡くなったRとは小学1年生の時からの友達でした。
クラスも小学1年~5年まで、中学2~3年まで一緒で、
これだけクラスが一緒だった友達はRだけ。
中学の頃はよくお互いの家へ行ったり来たりして遊んだっけ。
よく悩みを打ち明けたりして、相談にものってもらっていました。
高校に進学してからは お互い別な学校だったので、
それからは全く会わなくなりました。

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偶然の再会

20代前半、休日に出掛けようと家の玄関から外へ出ると
1台の車が家の前を通り過ぎて行き・・
「あっ、黒いシビックだ」なんて、思った直後、その車はバックしてきました。
・・・ん?その車の運転手と私は顔を見合わせて、お互い (・o・ )アッ!
その運転手はRでした。

Rはたまたま、私の家の方面に用事があったとかで
「そういえば、かるみあの家はここら辺だったなぁ」と思い出し、
かるみあの家の近くを通ってみよう・・・
とは思ったらしいが、寄るつもりはなかったんだとか。
そこへ偶然、玄関から一瞬、人影が見えたので もしかしたら?
と思って車をバックさせたら私だったという。
ほんの一瞬のタイミングでの偶然の再会でした。
それから、Rと私はよく遊ぶようになりました。

ダイビング事故の1ヶ月前

Rと一緒に遊びに出掛け、夜遅くなってしまったので
Rのアパートに泊めてもらった事がありました。
その夜は 殆ど寝ないで喋りっぱなし。

この時のRは いつになく、よく喋りました。
親の事。「お父さんは昔、凄く厳しく、怒りっぽいので
あまり話した事が無かったけど、最近はよく話すようになった。
お父さん、丸くなったなぁ・・。」とか

「お母さんと私(R)は性格が似ていて
お互い気性が激しいから、よくぶつかるんだよね。」とか

あと「親戚の伯母さんで少し変わった人がいて、
その息子が、なかなか嫁を貰わないとボヤき
最近、別な従兄弟が結婚する事になったから、その伯母さんが嫉んで凄い」とか。
それからRが勤める保育園の話に変わり、次第にイジメの話になりました。

そしてRからのお題。

R「究極の選択ね!もしも自分に子供が居るとして、どちらかの親になるとしたら
イジメっ子orイジメられっ子、どっちの親?」

私「え~っ、どっちも親も大変だよなぁ・・どっちだろう決められない(-"-)
んー・・・そう言うRはどうなの?」

Rは即答で「私はイジメられっ子の親になる方が絶対にいい」と言った。
R「全力で我が子を守る事が出来るし、人の痛みが分る子の方がいい。
仮にこの世から居なくなってしまったとしても、
その人(イジメた子と親)をいづれ、許す事が出来るのはその親だけ。
ずっと憎んだり恨み続けて一生過ごすより、許してあげられる側がいい。
イジメっ子が もし自分の子だとしたら、
その様に育ててしまった責任は自分(親)にあるし、
人の子をイジメて、とんでもなく傷つけてしまった場合、
イジメた我が子と自分は罪悪感を一生背負って生きて行かなければならないよ。
一生、人に恨まれたり、償って生きるより、許してあげられる方が絶対にいい。」
・・・ってRが言ってた事を覚えている。

実際に親になった事が無い当時20代前半の私達が
こんな話をするのは おこがましい事ですが
それにしても、この夜はよく喋った日だった。

翌日

次の日、Rと私はドライブに出掛け
この日はとても天気が良く、海岸線ドライブで岬まで行った。
そして いつになく、たわいの無い事で よく笑った。
Rは「かるみあ、今日は本当にありがとう。」と何度も何度も私に感謝をし、
「今日は凄く楽しい!もう、死んでもいい~」という言葉を何度も何度も言う日でした。
私はその度「11月にバリ島へ行くのに!何で今~!?」
なんて言ってたな・・。

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ダイビング事故の日の朝&不思議な話

ショップまで、私の車で行く事になり、
Rは自分の車で私の家まで来て 直ぐ隣の空き地に車を入れると
その隣に住んでいる近所でも有名なイジワル婆さんが
自分の土地でもないのに出てきて、ひと悶着あった。
Rは車を別な所へ移動させ、それから私の車でショップへ向かっている途中、
イジワル婆さんに腹を立てていたRは「あの婆さんの言い方感じ悪い!相当性格悪いね!
あの婆さんが逝った時、どういう人柄だったかお葬式を見れば分るもんだよ。
亡くなった後って、自分の葬式を見てるって言うしね」って、変な事を言っていた。
なぜ、そんなお葬式の話なんてしたのか・・・後になって考えると変な感じでした。

そして体験ダイビングの一件

事故後、Rは意識不明のまま病院に入院していましたが、
事故から8日後、多臓器不全になり亡くなったと連絡が入りました。

その後、直ぐに新築したばかりのRの実家へ向かったのですが、
初めて行くR実家に着いて、とても驚きました。

この風景、だいぶ前に夢で見ていたのです。
新興住宅地で周りは建築途中の家が沢山あり、まばらに新築の家が建っていて
私は夢の中で建築途中の家を眺めながら近所を歩き回り、一軒の家を訪問している。
夢の中に人物は出てきませんでしたが、
何か不思議な感じの夢だったので夢から覚めても覚えていました。

Rの旧実家へは昔、頻繁に遊びに行っていましたが、別な地区の
初めて行く新築のR実家を見た時は夢と同じ感じの近所の風景と
訪問した家がR実家と同じ感じだったので
驚いたのと同時に寒気がしたのを覚えています。

四十九日の法要、月命日

なんだか少し浮いている感じの女性がいました。
その人は法要に訪れたRの女友達をジロジロ見ては「Rちゃんの友達は女の子が多いねぇ。
誰かうちの息子の嫁にならないかなぁ」と言っている おばさん。
私は あっ!Rがあの夜に言っていた伯母さんだ!と直ぐに分りました。

四十九日後も私はRの月命日にはRの実家へお参りに行っていました。
その度、Rの両親と色々Rの話をしていると、
お母さんは「ほんとにRとは性格が似ているもんだから、よくぶつかっていたのよ」とか、
お父さんは「昔、私はRに厳しくて よく怒鳴ったりしていたけど、
最近はよく話しをするようになってたんだよ」と話された。

あ・・・・これ、Rのアパートに泊まった時に聞いた話だ。

1ヶ月前からRは今まで話した事が無かった自分の家族の事を話たり、
無意識に‘死’を何度か口にしてたいR。
後から思い起こしてみると、なんだかとても不思議でした。

加害者と被害者

Rのアパートに泊まった時にしたイジメっ子(加害者)、イジメられっ子(被害者)の話も
‘イジメ’とは関係ないけど、加害者(イントラ)被害者(R)との立場が重なってしまった。

事故後、入院中も亡くなった後もずっと、Rのところへ謝罪しに訪れては
Rの両親から門前払いされ・・・それでも通っていた あのインストラクター。
きっと、自分の不注意でRを死なせてしまったという罪悪感を背負い
一生償って生きて行くんだよね。

そんな事を考えると、とても複雑な気持ちになります。

あの杜撰な管理での事故の一件は絶対に許される事じゃないけど、
でも、きっとRは もう、そのインストラクターの事は許してるんじゃないかな。

追記

私がその後、命日にR実家へ行った際、ご両親がおっしゃってましたが
何度も謝罪に訪れていたインストラクターを許し、家にあげたそうです。
R母「やっぱり、〇〇さん(インストラクター)も切ないよね」と。









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